DC標準電圧・標準抵抗値発生器の自作      〜デジタル・マルチメーター対応 高確度型〜



  





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 前作の「デジタルテスター簡易校正器」をバージョンアップしました。テスターの校正なら前作で十分ですが、さすがにデジタル・マルチメーター(DMM)となるとそうもいきません。前作がDMMにほとんど太刀打ちできなかったのは、確度不足に加え、半端な電圧しか出せなかったためです。

 この「Ver.2」はその二つのネックをクリアさせたので、DMMが要求するフルスケール校正に対応できます。公称確度はDC電圧が±0.02%〜±0.04%弱、抵抗値が±0.01%ですが、手に入れた主要パーツが表示誤差よりかなり小さかった、という幸運が舞い込めば、もうひと桁確度アップが期待できます。


 きょうびの(と言ってもかなり以前からですが・・・)DMMはフルスケール自動校正方式を採用しています。フロントパネルのボタンをピッピッと押して校正モードを呼び出し、各レンジのフルスケール値を外部入力したあと確定ボタンを押せば校正完了で、操作自体は大変簡単です。

 この方式のネックはDMMが要求するレンジフルスケール値を用意しないとどうにもならない点。例えば3Vレンジを校正するにはほぼ正確な3V出力のみが求められ、たとえ2.5V±0.0001%の超高確度基準電圧を持っていたとしても、まったくの役立たず、無用の長物です。

 これに対して、1980年代ごろまでの手動校正方式は本体カバーを外す必要があるなど手順はめんどうですが、校正自体は非常にフレキシブル。3V基準出力があればよし、なければ2.5Vでも1.5Vでもそれなりにちゃんと校正できるのでありがたいです。このため、当方はいまだにしつこく当時の手動校正方式のHP3466A(右画像)も愛用してます。

【バージョンアップでのコンセプト】

 とは言え、いつまでも旧々機種にこだわっている訳にもいかないので、校正器の基準出力をフルスケール自動校正に対応できるものにしなくてはなりません。コストを無視すれば相当に高確度のものも可能ですが、残念ながら懐具合が許してくれないので、普及型DMMに対応できる程度の水準で妥協することに。具体的には下記の項目のクリアを目指します。

 @確度を前作よりひと桁アップする(DCレンジで±0.02%程度、抵抗レンジで±0.01%)
 A出力をフルスケール自動校正に対応させる
 BDMMの各レンジ頭数字が1、2、3で始まる機種に対応させる(20Ω、100mV、3Vなど)
 C電流レンジ、AC電圧レンジは無視する(高確度対応が困難)
 D毎度のことながら極力ローコストで


【基準電圧ICと抵抗器】

 前作同様に増幅素子は使わないので、仕上がり確度は基準電圧ICの能力と抵抗器の誤差次第となります。現在、どの程度高レベルのものが1個から入手可能かというと、基準電圧ICは5V±0.01%級(1個1万円前後)、抵抗器は±0.005%級(1本3000円強)がほぼ限界のようです。

 抵抗はどう節約しても十数本必要なので、迷うことなくレベルダウンして約4分の1のお値段(それでも高いけど・・・)で手に入る±0.01%級に、基準電圧ICも10分の1程度の5V±0.02%級で組むことにしました。

 基準電圧ICはANALOG DEVICESのADR4550BRZで、出力電圧とその誤差は5V±0.02%。表面実装用の8ピンSOICパッケージ型で、老眼の天敵ですがこの際やむを得ません。

 単体ではユニバーサル基板に載らないので、IC変換基板とピンヘッダで加工します(右画像)。

 同社には、誤差以外は同規格のADR4550ARZもあり、国内通販ではBRZと混同して売られているケースも見受けられますが、ARZは誤差±0.04%と確度が甘いので要注意です。

 BRZは扱っている所が少なく、国内通販ではMACNICA Online、海外ではDigi-Keyなどに限られます。価格は1個699〜1040円位。

 
 ±0.01%級抵抗は巻き線型か金属箔型に限られるようで、入手可能な抵抗値の種類もごくわずかです。右画像上が巻き線1/4Wタイプで、通常の金属皮膜1/4W(画像下)に比べてバカでかいです。

 金属箔抵抗は温度係数が0.2〜2ppm/℃とごく小さい(温度変化に伴う抵抗値の変動が少ない)のでぜひ使いたいところですが、なにぶん価格が巻き線型の3倍と高価なので、10ppm/℃の巻き線型で我慢することに。

 品揃えはDigi-Keyが充実してますが、それでもせいぜい100Ω〜100kΩ間の10種類ちょいで、1本が800円前後です。

【回路図】

   
  


 回路図の上側がDC基準電圧発生回路。フルスケール校正のために端数のない電圧を限られた種類の抵抗値で・・・となると、11本もの±0.01%級抵抗を使わざるを得ませんでした。ああ、どんどん財布が軽くなる・・・トホホです。

 回路の電流量はせいぜい5mA(含むLED)なので、ノイズの影響を避けるためにも電源は乾電池(単3×4)にしました。ADR4550BRZの出力コンデンサは手元にあった6.8uF/35Vですが、データシートではMIN 0.1uF〜MAX 100uFなので、アバウトでいいかと思います。

 こちらのロータリーSW(1回路12接点)は高価なものを使う必要はないです(メーカー不明の台湾製、¥162の激安品ですが全く問題ありませんでした)。


 回路図の下側はΩレンジの基準抵抗値発生回路。12接点をフルに使っても100Ω〜300kΩまでしか収容できないので、10Ω±0.1%と1MΩ±0.1%は、測定時にロータリーSW系とは別の端子にテスト棒を差し替えることになります。

 当初の仮組みでは、前作同様に各抵抗回路の片側のみをロータリーSW(1回路12接点)で切り替えていたところ、100kΩ〜300kΩのレンジの抵抗値が抵抗単体で事前測定していた値より0.01%近く減ることに気づきました。どうやら、上記激安ロータリーSWの絶縁がそう高くなくて何100MΩかの並列抵抗が入った状態になり、高抵抗レンジでの基準抵抗の値が下がったと思われます。

 そこで、なんとか2段式2回路12接点のロータリーSWを見つけて各抵抗の両側とも切り替える方式にしたところ、すんなりと抵抗値の微減現象はなくなりました。


基板と配置】

 基板はタカスのIC-301-74(デジタルパターン)で、ジャンパー線部分(図の青線)は0.55mm径の裸銅線。Ωレンジ回路のうち、100Ω〜3kΩの低い抵抗域では基板のパターンラインの持つ抵抗分が誤差に影響する恐れがあるので、ラインを銅線で二重に補強しておきます。


【ハラワタ】

 ケースはタカチMB-33(200×80×200mm)。ご覧のとおりスカスカで、面積的にはもっと小さなもので良かったのですが、フロントパネルに余裕を持って全てのスイッチ、端子を取り付けようとすると高さが75mm程度必要なことから、このケースになりました。






 上画像のように、抵抗レンジの2/3を20本余りの金属皮膜抵抗などでゴチャゴチャ組んでいますが、これは必要数量を間違えて注文してしまったためです。100Ω・1k・10k・100kの基本セットが3組必要にもかかわらず、1組分しか頼んでおらず、トホホ・・・ どんどん跳ね上がる「買い物かご」の料金カウンターに気を取られていたせいでしょうねえ・・・

 追加注文する前に、「ダメもと」で基準抵抗のコピーを作ってみました。幸い、基本になる4本の±0.01%抵抗は確保できているので、まずこれらの抵抗値を1/2 6桁DMMで測定、次に手持ちの100Ω・1k・10k・100kの±1%金皮抵抗を手当たり次第に測定して±0.01%抵抗よりも抵抗値が小さいものを選別します。

 次に両者間の抵抗値差を計算、この差がE24系列抵抗値表にある抵抗値に最も近い金皮抵抗をコピー候補の一方に選びます。この後、基準抵抗とコピー候補の差に相当する別の抵抗を手当たり次第に測定、コピー候補と足すと小数点以下3桁%までが基準抵抗とほぼ同じになるものを見つけて合成すれば一丁上がり!

左画像は1kΩ±0.01%のうちの1本を実測したもので、見掛けの誤差は0.0011%。これに添って具体的に説明しますと、金皮抵抗の選別で993.473Ωと994.385Ωが見つかった場合、画像と前者の差は6.516Ω、後者は5.604Ωなので、E24系列5.6Ωを相方に選べる後者を採用します。

 次に5.6Ωを実測し5.604Ωに近いものを選別して合成、少なくとも999.9Ωまではぴったり一致させます。その次の桁まで合わせるのは極めて困難なので、そこそこ近ければ良しとします。

 この方法は安上がりではありますがいくつか難点も。@かなりの数(平均30本位)がないと、なかなか1本ができないA一般的な金皮抵抗の温度係数は50ppm/℃程度なので、温度変化に伴う抵抗値の変動が巻き線抵抗よりかなり大きくなる――ので、いらちな方・忙しい方にはお勧めできません。私も二度とやりたくないです!


【抵抗値の最終調整】

 Ωレンジのうち、100Ω〜300Ωレンジは基準抵抗値の最終調整が必要です。

 理由は、ロータリースイッチの接触抵抗。使用した東京測定器RS500N 2-2-12の接触抵抗は10mΩ以下(カタログ値)と比較的小さいのですが、各抵抗の両側に接点が入っているので最大20mΩが加算されることになります。

 100Ω抵抗の場合だと実に+0.02%もの誤差が生じることになり、これでは±0.01%級抵抗を使う意味がなくなるので、どうしても接触抵抗分をキャンセルしなくてはいけません。

 組み上げて実測すると、接触抵抗による増加分は約13mΩ。100Ω〜300Ωレンジの各100Ωに並列で560kΩをかますことでほぼキャンセルできます(右画像)。
 

【フロントパネルと端子】

 最後にパソコンで作った文字フィルムを貼り付けて完成です。

 外部接続はDCV、抵抗レンジともBNCとテスター棒の二本立て。ロータリーSWに入り切らなかった10Ωと1MΩはテスター棒専用の独立端子になっていて、黄〜黒間を使います。




【基本特性】

DCレンジ(A)
抵抗誤差に伴う計算上の最大誤差
25℃での実測値 (B) 抵抗誤差ゼロの理想値 (C)
抵抗誤差で生じたレンジ誤差 (B/C)
見かけの総合誤差 (B/A)
5V ±0% 5.00002V ±0% +0.0004%
3V ±0.008% 3.000012V −0.0004% ±0%
2V ±0.012% 2.000008V −0.0019% −0.0015%
1V ±0.016% 1.000005V −0.0046% −0.0042%
300mV ±0.0188% 300.0012mV −0.0047% −0.0043%
200mV ±0.0192% 200.0008mV −0.0024% −0.0020%
100mV ±0.0196% 100.0004mV +0.0034% +0.0038%
30mV ±0.01988% 30.00012mV +0.0056% +0.0060%
20mV ±0.01992% 20.00008mV +0.0066% +0.0070%


 表の読み方を簡単に説明しておきます。

・抵抗誤差に伴う計算上の最大誤差  3V以下のレンジは11本の抵抗で5Vを減衰させているので、各抵抗の誤差が出力電圧に影響します。各レンジの上流側抵抗と下流側抵抗の誤差が最も開いた時に出力電圧にも表の様な最大誤差が生まれますが、上流側数本が全部プラス誤差で下流側数本が全部マイナス誤差といったケースは現実にはまずあり得ないので、この数値は参考程度です。

・抵抗誤差ゼロの理想値  11本の抵抗が全て誤差ゼロだった時に5.00002Vから必ず生じる電圧。

・抵抗誤差で生じたレンジ誤差  この誤差は「実測値」を「抵抗誤差ゼロの理想値」で割ることで得られます。DMMのレンジ間誤差などを考慮する必要はあるものの、ほぼ実際の誤差と考えていいかと。

・見かけの総合誤差  レンジ誤差と基準電圧ICの誤差(+0.0004%)を足したもので、これが各レンジDC出力の確度となります。最も良いのは3Vレンジの±0%、最も悪い20mVレンジでも+0.007%と予想以上に良好でした。ただ、使用したDMM(HP34401A)の公称確度は±0.0019%(10Vレンジ)なので、どこまで真の値に近いのかは何とも・・・

 ※ 電圧実測値を修正しました。25℃で12時間通電後のデータ(当初データは25℃で1時間通電)なので、こちらの方がより実態を反映しているかと思います。

Ωレンジ 実測値(25℃、4線式 見かけの誤差
100Ω +0.0001%
200Ω +0.0005%
300Ω +0.0027%
1kΩ +0.003%
2kΩ ±0%
3kΩ +0.0024%
10kΩ +0.005%
20kΩ +0.0055%
30kΩ +0.0054%
100kΩ −0.0011%
200kΩ −0.0015%
300kΩ −0.0054%
 基準抵抗値については、全てのレンジで誤差±0.0055%以内に収まっていました。

 もちろんこれもDCレンジ同様にあくまで「見かけの誤差」であって、実測値が真の値を示しているかどうかは、現有の機器では残念ながら調べようがありません。

 ただ、公称誤差±0.01%抵抗ということは、最悪でも±0.01%以上のものは混ざっていないということなので、このくらい良好な数値が出たとしても特段不思議ではないかな、とも思います。

 なお、10Ωと1MΩは予算の都合で±0.1%級を使った「おまけ」なので、ここでは割愛します。





 1/2 4桁のDMM普及機の場合、確度はDC電圧レンジで±0.05%前後、Ωレンジで±0.07%前後のものが多いようですが、本器はそれよりひと桁確度が高いとみて良さそうなので、校正の基準値として十分使えます。

【温度調節機能の追加】

 いざ使ってみると、ベストコンディションの25℃前後を保つためにエアコンをつけっ放しにするのはエネルギーの浪費だし電気代もかさむので、温度調節機能を追加しました。と書くとえらく上等の装置が入るみたいですが、何のことはない、セメント抵抗を電熱器代わりにして温度スイッチで密閉ケース内温度をコントロールするだけの代物です。

 が追加分の回路図。DC12V1.5〜2Aのスイッチングアダプタを電源にリレー付きの温度スイッチ基板を動作させ、3本のセメント抵抗で約9.5Wを発熱させてケース内温度をコントロールします。

 スイッチ基板はネットオークションにいっぱい出ている中から、リレー容量が10Aの完成品で650円也というのを新品購入(製造元不明、回路図なし)。

 これを26℃に達するとスイッチOFF、24℃まで下がるとスイッチONになるよう設定して、室温と関係なくケース内温度を25℃前後に保たせます。

 勿論、これは暖房専用なので夏場はエアコンで室温を下げるしかないですね。

 追加工事を終えたハラワタ画像です。

 左上が温度スイッチ基板で、付属の温度センサーはタカス基板の中央やや下よりの空中に浮かして設置しています。

 フロントパネルの電源トグルスイッチは、基準電圧IC用の6Vと暖房用12Vの2電源を操作するため、当初の2Pタイプから6Pタイプに変更しました。





 暖房能力は毎分0.5℃程度で、室温が20℃位なら約10分で適温に達します。

 温度調節回路の動作状態はフロントパネルのLEDで確認します。赤ランプがついていればまだケース内温度が低く、消えれば適温となります。隣の黄緑ランプは、ついていればDC基準電圧発生回路が通電中を意味します。

【おわりに】

 手動校正方式のデジタル・マルチメーターでない限り、フルスケール5V以上のレンジに対応できないのが難点ですが、電源が乾電池なのでノイズが原因と思われる出力電圧のちらつきは極めて少なく、抵抗さえ暖まってしまえば0.1uVの桁が多少変動する程度と安定度は非常に良好でした。

 部品代はなんやかんやで予算オーバーの約2万円。ヒトもモノも、健康診断料って無事終わってみれば結構痛いですよねえ。(2016.04.21)



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