スポーツとゆる

「イチローに学び続けよう!」

 イチローの引退は残念ですが、私たちが学び続ける存在であることには、これから何年たっても変わることはないでしょう。しかし、メディアなどで伝えられるのは、努力する姿勢、あきらめないこと、など精神論に属するようなことが多いですね。これは、イチローに対してだけでなく、世の中全体に精神論的「いい話」に落とし込み過ぎという傾向があると思います。

「イチローの流儀」小西慶三著 新潮文庫 には、イチロー自身の身体についての考え方が分かる証言がちりばめられていますので、拾っていってみましょう。

『切れや無駄のないフォームが大切なのはプロレベルの野球選手なら誰でも分かっていることだろうが、イチローが独特だったのはそれらを司る身体感覚を保持するため、ウエイトトレーニングなどによって大きく、強くなる発想を完全に捨てていたことだった。

 彼は重いダンベルやバーベルを使ってのトレーニングは一切行わない。 ~中略~ 「できるだけ体が大きくならないようにしている」と渡米後のイチローは時々口にした。』p.74.75

 スポーツをやる人にとって、ウエイトトレーニングの是非ということは、まだまだ議論が必要ですし、仮にやるにしても、ただ筋肉を太くすることを目的とすることのないように、慎重な配慮が必要となります。しかし、まだまだ世の中の認識がマッチョ路線に傾き過ぎなのだと思います。

『「例えば、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)やふくらはぎを大きくするとスピードは出なくなる。スピードを維持しようと思うなら、太ももの裏側を鍛えて、ふくらはぎは太くしてはいけない」』p.87 

 高岡先生がブレーキ筋と呼んでいる大腿四頭筋よりも、アクセル筋であるハムストリングスを明確に意識してトレーニングをしていることがうかがえます。ふくらはぎの筋肉とスピードの関係は、専門家でも、あまり認識されていないかもしれません。そのメカニズムは専門家なら押さえておかなくてはいけません。詳しくはこの本で↓

「究極の身体」高岡英夫著 講談社 (文庫もでました)

 この本は、身体文化に関わる人の定番として読み継がれるべきものです。ぜひ、ご一読を。 

「イチローの流儀」に戻りましょう。マリナーズのトレーナー森本貴義のコメントより

『同トレーナーはイチローの筋肉を″つきたてのモチのよう″だと言った。その感想は初めて触れたときから変わっていない。プロ入り当時、立位体前屈や上体反らしの数値が低く「体が硬い」と言われていたが、打撃フォームや守備、走塁で見せる動きそのものは柔軟なイメージを周囲に与えていた。』p.95.96

 立位体前屈のような、誰にでも分かりやすい可動域のやわらかさではなく、筋肉そのものの「ゆるみ」が大切だというエピソードですね。そして、イチロー自身の大切なメッセージ。

『「大きさに対する憧れや、強さへの憧れが強すぎて自分の可能性をつぶしてしまっている人がたくさんいる。これは日本の子供だけに、というわけでなくアメリカの子供たちにもそう言いたい」』p.99

 紹介したほかにも、たくさんの貴重な証言がありますので、ぜひ読んでもらいたい本です。

 高岡先生がイチローの身体づかいに言及された本も、スポーツ関係者必読です。

「意識のかたち」 講談社

「からだにはココロがある」 総合法令出版 

「武蔵とイチロー」 小学館文庫

「身体意識を鍛える」 青春出版社

「インコースを打て 究極の打撃理論」 講談社 松井浩との共著


「肩甲骨~体幹のトレーニングのために」

 高岡先生の待望の新刊の紹介です。

「肩甲骨が立てば、パフォーマンスは上がる!」 カンゼン

 肩甲骨を動かせた方がいい、ということはスポーツ関係者のみならず、一般の人でも認識されるようになったと思います。しかし、肩甲骨を「立てる」という発想まではないでしょう。この本は、肩甲骨に関する理論、トレーニングの方法論など、今までのスポーツ関係の理論書をはるかに凌駕する深い内容となっています。肩甲骨という一つのパーツをとっても、人間の身体はこんなにも奥深いものなのか!という感動を味わっていただけると思います。

 サッカー選手など、脚中心の競技だと、肩甲骨をトレーニングするモチベーションはあまり高くないかもしれません。しかし、肩甲骨と走力や蹴力との関係も解説されています。下半身のトレーニングのためにも、有効な本であるわけです。

「体幹」という言葉も、もはや流行といったレベルで、一般の人も頻繁に口にするようになりました。しかし、体幹を鍛えるとはどういうことなのか?ということが誤解されているようにも思えます。この本は、体幹についても解説されているので、ただ体幹全体の筋肉を鍛えて固めてしまっているような人や指導者にも、読んでもらいたいものです。

 高岡先生が大谷翔平の肩甲骨について解説されているサイトもぜひご覧になってください。

ベースボール チャンネル BASEBALL CHANNEL 


「筋肉だけを見習うべからず」

 マッチョな身体に憧れる人は多いですよね。私もウェイトトレーニングをやっていた時期がありました。一般の人は見た目や健康のため、スポーツをしている人はそのパフォーマンス向上のために筋トレに励んでいることでしょう。人間も動物ですから本能的に筋肉を使うようにできていますから、筋トレをすることはとりあずはいいことです。

 しかし、それ以上に大切なのは身体を「ゆるめる」ことです。見た目はともかく本当に健康になろうと思えば、あるいは本当に身体能力を高めたければ身体がゆるむことによる代謝の改善などが求められます。内臓のやわらかさも肝腎ですが、筋肉に限った話をしても量的な問題もありますがその質を気にするべきなのです。

 そして、筋肉をただつけることよりもゆるませることの方がよほど難しいのです。個人差はあるものの、筋肉は正しい負荷ややり方を守って「頑張って続けさえすれば」ついてくれます。要するに、やる気と根性などといった問題で何とかなるのです。実際に筋トレ大好きでマッチョな身体づくりに成功している人って皆さんの周りでも珍しくないでしょう。

 アスリートでも、よりマッチョであることと選手としてのレベルは必ずしも相関しないということは冷静に考えれば分かると思います。一般人でもマッチョにはわりと簡単になれるわけです。トップアスリートとそうでないアスリートとの差が、筋肉の少なくとも量の問題ではないということは分かるでしょう。

 マッチョな身体をしているかどうかは、自分でも他人から見てもとにかく分かりやすい。テレビでもアスリートが自慢の筋肉を披露して、周りの出演者が「わー凄い!触ってもいいですか?」などというやり取りをよく見かけますよね。ですから「よーし!筋トレやるぞっ!」というモチベーションに圧倒的になりやすいのでしょう。

 クリスティアーノ・ロナウドの筋肉は、サッカー選手のみならず憧れる人は多いでしょう。(ロナウドって脱ぐの大好きみたいですね。)しかし、そのマッチョな身体がプレーのレベルの高さの、少なくとも決定的な要因ではないと思います。ロナウドに限らずトップアスリートはみんなゆるみ度のレベルが高い。そして、身体のセンターがスパーッと通っているのですが、素人目に見るとしなやかさよりも強靭さを感じてしまうということがあるでしょう。筋肉をたくさんつけたほかの選手がロナウドに及ばない理由が「ゆるみ」や「センター」であるならば、見習うべきは筋肉の量ではなくそこなのです。

 単純な式で表すと、筋力×技術×精神力=パフォーマンス、というような考え方をしている人が多いのでしょう。それぞれの要素が独立していると考えると、筋力が高まればパフォーマンスは上がると考えられます。しかし、筋トレによってほかの要素が落ちてしまうことはないのか、ということには思い至らないということが多いのです。

 ただでさえ身体をゆるめることは難しいわけですが、筋トレをガンガンするほどさらに固まりやすく、ストレッチなどを念入りに行っても追いつかないという人がプロ選手ですら多いのです。そうなると、むしろ技術の上達を妨げたり精神面にも悪影響を及ぼすこともあるのです。トップアスリートは仮に同じような筋トレをやっているとしても、ほかの要素を落とさないような質の高いトレーニングができているという点で天才的なのです。

 トップアスリート同士は脱力の勝負になっていると言われています。脱力のレベルを高めるように筋トレをするという、一見矛盾するような方向でトレーニングをするべきなのです。一般の方でも筋トレをするならば方向性としては同じことが求められます。あくまでも優先は「ゆるめる」ことですので、まず「ゆる体操」に取り組んで、ある程度故障しにくい身体ができてから筋トレをやってみてもいいと思いますよ。

参考図書

「日本人が世界一になるためのサッカーゆるトレーニング55」

高岡英夫/松井浩著 KADOKAWA


「ゆるマッチョになろう」

 たくましい身体って好きですか?アスリートの身体は目指すべきたくましさの象徴なのかもしれませんね。アスリートの身体を見るとき、着衣の印象が参考になります。裸だと筋肉ばかりに目がいきがきです。アスリートが基本的に「脱いだらスゴイ!」のは当たり前かもしれませんが、サッカー選手など意外なほどそうでもないトップ選手も多いものです。

 羽生結弦は細マッチョですけど、ガチッ、ムキッとした感じ、たくましさって全然感じないでしょう。同じく細マッチョなネイマールもたくましさとは逆の印象ですよね。メッシだって、どちらかと言えばふわっとした印象があるくらい。近年では野生動物のようなやわらかさと雰囲気を感じます。

 イチローがオリックス時代に当時のシーズン最多安打記録を打ち立てたときの身体なんて、なよっとして頼りない感じがするくらいです。メジャーに行ってウェイトアップしても、ほかの選手と比べればかなり細い方です。田中将大も、やわらかいぬいぐるみのような印象がありませんか?現役時代の工藤公康も山本昌もぽちゃっとした印象があるでしょう。そんな選手が誰よりも長く現役を続けられたのです。

 日本の歴代ホームラン数ランキングは、1位から、王貞治、野村克也、門田博光、山本浩二、清原和博、落合博満・・となっていますが、王、山本は長距離打者としては細身なタイプ、野村、門田、落合はぽちゃっとタイプですよね。清原もプロ入りしてから何年かは意外なほど細くてたくましさはなかったですよ。後年身体を固める方向で筋肉を鍛えてしまいギシギシになってしまいましたが。

 私たちはトップアスリートだという先入観で選手を見ますし、上背はありますからたくましい身体をしているもんだ、と思ってしまっています。でも実際は、知らない人が見ればアスリートだとは思われないような印象の選手がトップアスリートほど多いのです。パワー系のスポーツである野球の、しかも瞬発力系の太い筋肉が必要な長距離打者ですらそうなのです。野村、門田、落合なんて素人目に見れば、ちょっと太ったその辺のオッサンに見えますよ。(失礼!)

 なぜそのような印象を受けるのか?まず筋肉そのものがしなやかでやわらかいこと。そして常に必要な筋肉だけを収縮させて、それ以外の筋肉は脱力している。それはたとえば、プレー中以外でも、立っているだけ、歩いているだけでも必要最低限の筋収縮しかしていないのです。そのような身体の使い方ができていると、そもそも余計な筋肉はつかない。もちろん、その種目に必要な筋肉は付いているに決まっているわけですが、トップアスリートほど身体の「ゆるみ」と「脱力」のレベルが高いので「たくましくない」印象になるのです。服を着ていると、筋肉自体は見えない分、その印象だけが感じられるのです。

 一般の人でもアスリートでも、服を着ていてもガチッ、ムキッとした印象がするような人はまだまだですぞ!目指せゆるマッチョ!


「スポーツのよるケガは勲章か?」

 昔スポーツや空手などの武道をやっていたという人に話を聞くと、何かしらのケガをしていることが多いです。(それをちょっと自慢気なニュアンスで話すものですよね。)そのスポーツをやめてしまった原因がケガであることも多いです。その後完治したのならまだいいのですが、腰や肩、肘、膝などに痛みが残っていたり、何かの拍子に再発してしまったりする、という話もよく聞きます。一般の人よりも若いイメージがあるかもしれないスポーツ経験者の身体も実は、むしろ「老化」が進行していることが多いのです。

 そんな人たちは「スポーツにケガはつきもの」だと言いますし「ケガは勲章」などというちょっと美化し過ぎだと思われる言い方もよく使われますよね。確かに、ケガを100%防ぐことはできません。もらい事故のような不運なケガもあるでしょう。しかし、スポーツで身体を痛めるのは当たり前のこと、しょうがないことだと思われ過ぎていないでしょうか。スポーツをする目的の中でも、健康的な元気な身体をつくるということは何よりも大切であるはずです。当たり前のように慢性的な痛みなどをかかえてしまったりするのであれば、一体何のためのスポーツなのか?ということにもなりかねません。

 長く現役を続けているようなスポーツ選手は、当然ケガをしにくい身体、あるいは回復しやすい身体を持っています。たとえば、イチローはしなやかでクッション性の高い身体なのでケガが少なく、そんな身体であるからこそパフォーマンスが高い。ケガのしにくさと選手としてのレベルの高さは相関すると言っていいわけです。ということは、ケガをしにくい身体づくりのためのトレーニングを優先的に行うべきなのです。

 より長い距離を走る、筋トレの回数を多くこなす、厳しい練習メニューをこなす、といったことはそれを実践した人は努力した、頑張ったということで褒められますし、逆にそこまでしなかった人は努力をしなかったということになってしまいます。しかし問題なのは、同じ量の努力をしても身体が壊れてしまう人や、回復の遅い人、慢性的に故障を残してしまう人がいるということです。そんな人は「量的」な課題をこなすより、そもそも故障しにくい身体をつくることや、無駄のないフォームやその競技の身体の使い方など「質的」な練習が求められるのです。それも立派な努力です。量的なトレーニングも大切な努力ですが、その努力をしても壊れない身体をつくるための努力を先にした方がいいということです。

 スポーツに情熱を燃やしていた人は「死んでもいい」というくらいの気持ちで大会に臨んだりしたと話します。人間は期間限定ならば、本来身体を守るためのリミッターをはずして、無理が利いてしまう。ですから、適切な負荷を大幅に超えて、ボロボロになるくらいに無理をしてしまうこともあるわけです。指導者は、選手のその先の人生を考えて、できるだけ身体にダメージを残さないたもの練習法やウォーミングアップの仕方などを研究するべきでしょう。