「和解礼拝」の依頼
元イギリス兵捕虜に対する和解活動が」なされているのを知ったのは。200年10月のことでした。
「アガペ」という団体から、「本郷台キリスト教会で元イギリス兵捕虜に対する活動の一環として『和解礼拝』をしていただきたい」という依頼を受けたのです。
第2次世界大戦で日本がアジア諸国に対してしてきた残虐行為のことは、ニュースとしては多く聞き知っていました。しかしイギリスを始めヨーロッパ諸国の捕虜となった軍人への残虐行為が目に余るものであったことを知ったのは、この時が初めてでした。
捕虜への残虐行為自体には、私自身直接のかかわりを持っていませんでしたし、戦争参加は勿論ありませんでした。つながりといえばたった一つ、私の叔父が第二次世界大戦で戦死しているという事ぐらいでした。ともあれ私は其の依頼を引き受けさせていただきました。
すると、和解礼拝に先立って横浜のホテルで晩餐会を行うので出席してほしいという招待状をいただきました。そこに家内と出席しました。
プログラムが進む中、一人の元日本兵であった方がスピーチに立ちました。そのスピーチの要点は効でした。
私は当時確かに日本軍の軍人としてイギリス兵の捕虜を身近に見ていました。しかしひどいことをした軍人はほんの一部の者で、大半はそんなに悪い人間ではなく、いい人たちだったのです。私もそうでした、、、。そんな内容でした。私はそのお話を聞きながら、なるほど本当のこと、見た事感じた事、そしてご自分の思いを述べられたと思いました。
私と同じテーブルには、一人のイギリス兵捕虜であった方が座っておられました。すると其の方がとても苦渋に満ちた複雑な顔をしておられるのが目に留まりました。というより、心に焼きついたのでした。私はただ、そこに招かれた客としているにすぎなかったのです。しかし、元捕虜だった方の苦渋に満ちた顔を見た時、ものすごく心に訴えるものを感じたのでした。まるで、その方の苦渋の思いに感情移入したかのように、心縛られました。
「私」も罪を犯しました。
その夜、家に帰って和解礼拝のメッセージを準備したのですが、レセプションの時の光景が思い出されてどうしようもありませんでした。其の時、心に迫ってくる一つのみことばがありました。それは、ネヘミヤ書1章6節のこのことばでした。
「どうぞ、あなたの耳を傾け、あなたの目を開いて、このしもべの祈りを聞いてください。私は今、あなたのしもべのイスラエル人のために、昼も夜も御前に祈り、私たちがあなたに対して犯した、イスラエル人の罪を告白しています。私も私の父の家も罪を犯しました。」
このところから、ネヘミヤが「私も」と告白したことばに目が留まりました。ネヘミヤ自身は、バビロン捕囚の原因となるような罪を直接犯したわけではありません。しかし、あたかもそこにいたかのように、そして一緒に罪を犯した者の一人として、自分をとらえている姿、、、あるいは、親が犯した罪の血を受け継いでいる自分として、そこに自分を置いている姿に心打たれたのです。そして、私自身の心が探られました。
私はそれまで「私の叔父は南方に軍人として出兵し戦死した。どんなに悲惨だっただろうか。どんなに苦しい思いをして亡くなっただろうか。敵に殺されたのだ。、、、」と思いでいました。母は良く私の叔父である弟のことを、「兄弟の中で一番優秀で、大学でロシア語を勉強していた。」「姉想いでいい人間だった。」と、話してくれていました。しかし、私はふと、「其の叔父も戦場で人を殺したかもしれない。」という、今まで考えたこともなかった思いを抱きました。其の時、ネヘミヤの言葉が強いインパクトをもってつき刺さってきたのでした。
私自身は戦争に行ったわけではない。でも。もし私がその場にいたとしたら、当然のように人を殺したことだろう。悪い事をしただろう。捕虜を痛めつけたりもしたことだろう。決して「いい人だった、」といえる者ではないと思いました。
自然と、主の前にひざまずいて涙の悔い改めに導かれていました。いたたまれない気持ちで、まんじりともしない、一夜を過ごし、主の日の朝をむかえました。
「謝りたいのです」
翌朝になり、礼拝奉仕をする皆様とイギリスからの方々、一行のリーダーの恵子・ホームズさんがやって来られました。昨晩メッセージを準備しながら、いつしか心からの悔い改めに導かれたことを申し上げました。そして、お願いしました。
それはどうしても礼拝の中で、イギリスの捕虜の方々と一行の皆さんに特別の謝罪の時を持ちたいということ。そのために捕虜の方々の中からお一人に代表で前に立ってほしい。wそして其の方の前で謝罪の言葉を述べ、ひざまずいて謝りたいと申し上げました。
其の時、「この人に立っていただきます。」と紹介された方を見て私は驚きました。なんと、レセプションの時に同じテーブルで苦渋に満ちた顔をされていた、まさにそのご当人だったからです。
礼拝ではネヘミヤ記の御言葉を中心にメッセージをさせていただきました。その後講壇から下りて、先述の元捕虜の方に前に来ていただいて、まず日本人としての罪の悔い改めと、私個人としての罪の悔い改めをさせていただきました。そして靴を脱いで、ひざまずいて主にあって赦しを願いました。
やや時間を置いて立ち上がると、その捕虜の方は、私の手をしっかり握り、涙を浮かべて「ゆるします」といってくださり、続いて力強くハグをしてくださいました。
すると、礼拝に参加していたイギリス人、日本人の皆さんが、お互いに罪を告白し合いだしました。握手をしたり、多くの方はハグをして,赦し合いの感動の涙の中、心からの和解の時となりました。
そこにはご聖霊の支配、流れがありました。文字通り、それは本当の和解礼拝となったのでした。
「アガペ」とは、、、
第2次世界大戦中、旧日本軍の捕虜として過酷な体験を強いられた英国人らを日本に招き、和解活動を進めている英国の事前団体、イギリス人との結婚を期にロンドンに在住している日本人女性、恵子、ホームズさんが提唱した活動。1998年エリザベス女王から「大英第4級勲功賞(OBE)を授与される。翌99年には日本政府からも、「外務大臣賞」を授与された。活動の輪は広がりを見せ、現在は東南アジア各国、インド、オーストラリア、ニュージランド、アメリカ、カナダ、中国、韓国にも及んでいる。
本郷台キリスト教会牧師 池田 博先生の執筆による「赦しと和解」を「百万人の福音」 2007年5月号より拝借させていただきました。
有難うございました。
赦すということは本当に難しい事であるが、主を通してこのような赦しが与えられた事を感謝いたします。
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