サッカー日本代表の監督が解任された、
いい成績をあげていたのに最近はどうも選手と上手く行かないらしい、
私と年が9歳しか違わないのにまだ頑張っておられる、
サッカーはその国の国力を現していると良く言われる、
今は世界で56位、アジアで第3位、此処まで落ち込んでいる、
あと2年で東京オリンピック、
東京5輪を4年後に控えた昭和35年サッカー日本代表の強化が急務だった。当時の西ドイツからコーチとして招かれたのが35歳のデットマール・クラマーさんである。
来日するや代表チームが合宿している日本旅館に入り、畳の部屋で寝て、みそしるをすすった、ホテル暮らしでは選手の気持がわからない、
ミーテイングでは、「大和魂」や剣道の言葉が日本語で次々と飛び出した。日本について書かれた本で猛勉強してきたらしい、
その成果が8年後のメキシコ五輪銅メダルの快挙に結びつく。
単身赴任だったクラマーさんの夫人や子どもさんを東京五輪に招待しよう、家族そろって来日が実現した、
ただ代表チームの成績不振は、監督の選手起用や戦術の失敗だけではあるまい、
もっと根が深い。
3年前に90歳でなくなったクラマーさんは日本のサッカーの弱点を指摘しつずけていた。
「第二のカマモトを育てていない。」
メキシコ五倫で得点王になった釜本邦茂選手のような名ストライカーの不在を嘆いていた。
日本サッカー協会は強い口調で監督交代に至った理由などを説明した。
記者団から「一次リーグ敗退なら責任をとるか?」
「会長というのは必要な決断をしていくのが責任、責任を恐れて何もしないのではなく、少しでも勝つ可能性を考えていく、その決断をした。」
この記者団の質問ほど馬鹿げたことがない、昔の日本人は何処へ行くったのか?
会長のご返答はすばらしい、
私も46年間会社勤めをして、こんな現場を幾たびか目のあたりにした。
しっかりした質問をしてほしい、
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