削っているのはムダだけか? 必要なものまで削っているのじゃないのか?
現代、企業経営ではコストカットに重点が置かれている様です
まぁ そうでしょう、売り上げは増えなくても経費を削減すれば利益を増やすことができます。
“ムダ”を削る事はコストも掛からず効果的です。無駄なものなのだから削っても問題は無いし売り上げに響くことは無いでしょう。
そこで、上位の企業(つまり 自社ブランドで製品を売ることが出来る大手企業)は
すぐにできる手軽な方法として短絡的に、下位の企業(つまり 自社ブランドでは商品を売ることができない下請け企業)に部品代の値下げを要求します。
大抵の場合、下位の企業の事情なんて考慮せず
無理矢理にでも値下げを要求します。下位の企業もムダを省く努力をされるでしょうが、省く事のできる本当のムダなんて そうそうあるものではありません。でも、上位の企業の値下げ要求を突っぱねることはできません。それでは 仕事を失くす事になるでしょう。
結局、人件費を削るくらいでしょう、すぐに出来る事は……。社員さんの昇給を抑える(昇給しない)、正社員をパート労働者に置き換える……。
ところで、削っているのは本当に無駄だけでしょうか?
社員さんは給料として支払われたお金から物を買っているのである。食料品を買い、電気代を支払い、水道代を支払い、住宅のローンや賃貸料を支払い、衣料を買い、子供の教育費を支払うのである。それらは決して“ムダ”ではなく必要なものなのである。
それら生活に必要なものを支払った上で余裕があれば 家電製品を買い換え、少し余裕のある車を買うのである。ところが余裕が無いのある。いや、必要なものすら十分なものが買えないのある。だから 車も軽自動車しか売れないし、家電製品は機能が少なくてもとにかく安い物しか売れないのである。
社員さんは消費者でもあるのです。
かくして、「製品を売るためには安く作らなければならない」
―> 「安く作るためにコストカットする(部品を安く仕入れようとする)」 ―> 「下請け企業の社員さんの給料が減る」 ―> 「日本全体として支払われる給料の総額が減少する」 ―> 「さらに製品を安く作らなければならない」という悪循環に陥るのです。これを「コストカットのジレンマ」と名付けましょう。
現代では“ムダ”だと言われている部分でも
人は働き給料を貰っていたのである。その給料によって人は「物」を買っていたのである。それを“ムダ”だと言って削ってしまうと経済の仕組みそののもが変わってしまうのである。
今までの経済の仕組みを変えてしまうと一時的には効果が出ても 時間が経つと思わぬ所でその影響が出るかもしれないのです。
経済とは実は鈍重なものでその影響が人々に感じられる様になるまでに時間がかかるのです。そして、企業の規模が大きくなるほどその影響は大きく、効果が現れるまでに時間がかかるのです。
大企業がコストカットに走っている間は景気の回復なんて望めない
経済に大きな影響力をもつ大企業が短絡的なコストカットを続ける限り日本全体の給料の総額が減ってしまうのである。それは
経済キャパシティーの縮小を意味しているのである。
景気が回復したと思える時が来るかもしれません。でもそれは 一時的なものと思ってください。
大企業、お金持ちが富を抱え込もうとする限り一時的な好景気はすぐに収束してしまいます。
さぁ これからどうする? これからもコストカットを続けるのであれば 経済キャパシティーが縮小していくのを指を咥えて見ているしかないですね。そして、それ以上縮小できなくなった状態に合わせて経済活動をするしかないですね。
弊社では社員に十分な給料を支払っている!!
確かにあなたの企業は社員さんに十分な給料を払っておられるのでしょう。でも、あなたの会社に部品を収めている企業ではどうですか。あなたが値引きを要求した部品代が部品を収められた企業の売上です。その売上の中からその会社は社員さんに給料を支払っているのです。その売り上げが減ればどうなりますか?
昔の庄屋さんはお百姓さんが持ってきたワラジを
「売れる見込みがなくても買い取って囲っていた。そして、売れる時が来れば売っていた。」と以前 親父が言っていました。つまり、そこには景気の変動を吸収する仕組みがあったわけです。
でも、現代の大企業はどうですか? 景気が悪くなれば退職者を募り、下請け業者に負担をかけ 自社だけは守る。景気が上向きになって
利益が増えても自社だけで抱え込んで協力してくれた人、企業には分け与えない。それは結果として経済の変動を増幅させるだけ いや、むしろ“不景気を増大させているだけ” では無いのですか?
2016/10/12 初出
2016/10/25 加筆